ロッテはさめざめと涙を流して、締めつけられたその胸もために晴れ
るかと思われるほどでした。ウェルテルはそれを見て朗読を中断しまし
た。彼は原稿を投げ出し、彼女の手を取って苦い涙を流 しました。
ロッテは残った手に 顔を寄せて、ハンカチで目を覆いました。二人の
感動 は恐ろしいばかりでした。二人は、あの気高い人々の運命の中に、
自分たちの不幸を感じました。共々にそれを感じました。
二人の涙は溶け合い、ウェルテルの唇と目はロッテの腕に燃えました。
ロッテは身を震わして逃れようとしましたが、苦痛と同情が鉛のように
胸にのしかかってきて、しびれるようでした。彼女は気を取り直そうと、
深く息を吸い、すすり泣きながら朗読を続けてくれるように頼みました。
この世のものとも思われない声で頼むのでした。ウェルテルは、ふるえ
おののき、心臓ははりさけんばかりでした。彼は原稿をとりあげ、とぎ
れとぎれに読みつづけました。

「なにゆえにわれを呼ぴさますのか、春のそよ風?お前はたわむれに身を
寄せて言う、わたくしは天上の露でうるおすのです!と。されど、わが凋
落の時は近い。わが葉を吹き散らすあらしは近づいた!あした、さすらい
びとはくるであろう。美しかりし日のわれを見た人は来て、野べをめぐっ
てわが姿を求めるであろう。求め求めて、ついに見いだしえぬであろう。」

この歌にこもる大きな力が、不幸なウェルテルを打ちました。彼は絶望に
みちてロッテの前に身を投げ、その両手をとり、その手を自分の目に、額
におしつけました。ウェルテルは何かおそろしいことをやりだすのではな
いか、こんな予感がロッテの胸をかすめたかのようでした。思いは千々に
乱れて、ウェルテルの両手を握りしめると、それを自分の胸におしあて、
愁いにみちた身ごなしで、ウェルテルの方に身をかがめました。ぷたりの
燃える頬は触れあい、世界は消え去りました。彼は両腕を巻きづけてひし
と抱きしめ、ぷるえながら口ごもるロッテの唇を、ものぐるおしい接吻で
覆いました。−−

「ウェルテル!」身をよじりながらロッテは、息づまる声で叫ぴました、

「ウェルテル!」

そして、力のうせた手で彼の胸を自分の胸からおしのけました。

「ウェルテル!」

と彼女は、けだかい感情から流れでるおちついた調子で叫ぴました。−−
ウェルテルは、あらがわずに彼女を腕からはなすと、狂ったようにその前
に身を投げだしました。−−

ロッテはすっくと立ちあがりましたが、不安におぴえてとり乱しながら、
愛と怒りのあいだにふるえながら、言いました、

「これが最後です!ウェルテル!もう二度とお目にかかりません」

こう言ってロッテは、愛にあふれた一瞥を哀れなウェルテルの上に投げて
隣室にかけこみ、ドアをしめました。−−

ウェルテルは腕をさしのべましたが、さすがにロッテをおしとめようとは
しませんでした。彼は、長椅子へ頭をもたせかけたままゆかに倒れていま
した。そのままの姿で半時間ばかりじっとしていましたが、やがて物音が
してわれにかえりました。女中が食卓の用意をしに来たのでした。ウェル
テルは部屋のなかを行ったり来たりしていましたが、またひとりになった
と見ると、隣の小部屋のドアのところに行って、低い声で呼ぴました、

「ロッテ!ロッテ!もうほんのひとこと!さようなら、を!」—−

答えはありませんでした。彼は待ち、嘆願し、そして待ちました。
やがて彼は決然とドアをはなれて、叫ぴました、

「さようなら、ロッテ!永遠にさようなら!」

彼はあるいて市門のところまでやって来ました。もう彼にはなれっこにな
っている門番たちは、黙って門からだしてくれました。雨まじりの雪がは
げしく降っていました。11時ごろやっと家にたどりつきました。従僕は、
帰ってきた主人が帽子をかぷっていないのに気がつきましたが、言いだす
のもはばかられて、そのまま服をぬがせましたが、何もかもぴしょ濡れで
した。あとでその帽子は、谷を見おろす丘の斜面の岩の上で発見されまし
た。あの暗い、みぞれ降る夜に、落ちもせずにどうして登ってゆけたのか、
いまだにわかりません。