サティとラヴェル、ドビュッシーを結び付けた場所の一つ。
ここ「黒猫」には「影絵芝居」を主宰していたド・リヴィエール(詩人・画家)と 有名な風刺画家キャラン・ダッシュと組んでいたシャルル・ド・シヴィリィの手引き により ドビュッシーが出入りを始め。
後に彼は、ロドリフ・サリスを中心とする小さな舞台の伴奏者を勤める。
同じ伴奏者の一人ヴィタール・オッケと親しくなり、オッケ(後に『抒情的散文』第一曲《夢に》を献呈)のおかげでエリック・サティと知りあいになる。
ドビュッシーと交際が続いた人たちは、詩人にして劇作家のモォリス・ヴォケール。物語作家で 「ほほえみ文学」の大家アルフォンス・アレエ。ヴェルレーヌとシャブリエの友人だったユーモア作家の ラウル・ポンション。
「黒猫」 は、またエミール・グウドォを筆頭とする文学的芸術家グループ「金曜會」(VENDREDI)が
寄り集まる根城でも有った。このグループは、色彩写真とフォノグラフを発明した詩人シャルル・クロスの
庇護のもとに3度変貌しつぎつぎに
「イドロパッド」「イルスュート」「ズュティスト」
と名乗った。
解消した一部が時代の主流である象徴主義の中に溶け込んだ。シャンソンとモノローグの作者の中に ロリナァ、ロラン、マリ・クリジンスカ達がいた。
「黒猫」の最盛期は、1885年から1895年までである。
この店がヴィクトール・マッセ街に移転してから後のことである。
マッセ街の常連は、テオドール・ドバンヴィル、ルナン、モォパッサン、ヴェルレーヌ、ヴィリエ・ド・リラダン、ポォル・ブルジェ、ジュアン・リクトゥス達である。