明治41年暮、北原白秋と木下杢太郎が世話役となり両国橋の西洋
料理屋「三州屋」で初会合を開いて以来明治の終わりまで続いた
この文藝サロンには『スバル』系の青年詩人、『方寸』の若い画
家達の他に、永井荷風や谷崎潤一郎の様な耽美派の小説家達も大
勢参加している。
耽美的情熱に燃える詩人・画家・小説家たちが一堂に会し、
という共通理念のもとで、それぞれ芸術的個性やジャンルを超越し、
時代の要求する新しい美の様式について熱っぽく語り合った。
この「美の饗宴」は、「日本の世紀末」の本格的な展開を意味した。
「……FALLING ROCKET の黒と金のNOCTURNEを見よ。
……官能の音楽、神経の詩がこの『愁夜調』の中に顫へて居る」
蒲原有明『仙人掌と花火のAPPRECIATION』
"Nocturne in Black and Gold: The Falling Rocket", 1875
( 505 x 675 )
神秘的な造形の世界の創出は、蒲原有明に
多大なる影響を与えた。
このことは上掲の『仙人掌と花火のAPPRECIATION』の一節中に
みられる。
金と青との愁夜曲、 春と夏との二声楽、 若い東京に江戸の唄、 陰影と光のわがこころ。
"Nocturne: Blue and Gold - Old Battersea Bridge", 1872-77
( 606 x 800 )
この有名な小曲は、白秋の第三詩集『東京景物誌及其他』(大正2年)の
『金と青との』である。
異国情緒のテーマを音楽的・絵画的情緒に巧みに 置換している。
明治40年代は、日本の文学史上初めて同時代の世界の文学と芸術へ
広がりを見せた時代である。
印象派的描写に食傷し、ようやく「詩の音楽」に目覚めた白秋は、
ホイッスラーの日本の伝統美からの《本歌取り》を本当に、気が付
かなかったのであろうか?
広重 東都名所 両国之宵月

広重 名所江戸百景 京橋竹がし

広重 名所江戸百景 両国橋

(白秋「片恋」)よりあかしやの金と赤とがちるぞえな。
かはたれの秋の光に ちるぞえな。
片恋の薄着のねるのわがうれひ
「曳舟」の水のほとりをゆくころを。
木下杢太郎がホイッスラーの絵から刺激され「緑金暮春調」を唄い、
長田秀雄は「薄暮繍銀調」を唱えた。
『東京景物詩』も、色と色との微妙な調和、光と翳との響きあい
から生まれる音楽的情緒が、基本となっている。
浮世絵の刺激と教示により花開いた ホイッスラーの美学は、再び
東に向かって海を渡り、 浮世絵の故郷の芸術家たちに新しい美学
の認識をもたらした。
【参考文献】
浮世絵六大家名作展カタログ(昭和44年5月9日)