●19世紀という時代の雰囲気●

 芸術のための芸術
国 別自然主義象徴主義審美主義
デ
カ
ダ
ン
ス

作
 
家
 ゾ ラ  ワイルド 
モォパッサン ホイッスラー
ユイスマンヴェルレーヌスウィンバーン
マラルメ ラファエル前派


 近 代 精 神
フランス 詩 学 アルス・ガリカ
概
要
思
想
家
 ベルクソン ヴァレリィ
        


   
【概 要】

 19世紀に於ける人々の心は、キリスト教の終末思想により世界の滅亡に対する不安で
いっぱいであった。いよいよ近づいて来る世界の崩壊。自分の世界、伝統に対する不安
から自らを建て直す為、根源への回帰、昔起こった事例を再検証することで終末をなん
とか回避できないかと模索を始めた。

 此の様な回帰のなかに、ギリシア時代の“女神”という存在がクローズアップされた。
生産をつかさどる“女神”の美を創造することが、生をも保証してくれるのではないか
と考えたとしても不思議ではない。

 女神像の例として次のようなものが見られる。
1814アングル『グランド・オダリスク』  
1863カバネル 『ヴィーナスの誕生』
1865マ ネ 『オランピア』

 これらのイメージは時代が進むにつれて次第にギリシア悲劇の様子を取り始めるが、
これも運命と闘う人間を描き出すことで乗り越えようとする偽りの無い姿なのであろう。

絵画では
1865モロー『オルフェウスの首を抱くトラキアの娘』
1894ビアズリー『踊り子の報酬(サロメ)』

音楽では
1873初演マスネー『復讐の女神』
アイスキュロス『オレスティア』に取材
1903-051881初演マスネー『エロディアード』
1894初演マスネー『タイス』

ロマン主義作家が好んだ主題「悔い改めた娼婦」は、かつてキリストが救った女性の
姿を二重写しにしているかのようである。無垢と謙虚さの美に対する信仰。 一方、
『ドンキホーテ』に見られるように外れた精神を不協和音で「曇った」表現に使い、
心がいやされる場面までその解決音が現れるのをのばす。といった音響を心理描写の
一つとして用い始める。

1903-051905初演
1906-081909初演R.シュトラウス『エレクトラ』
1906-081919初演R.シュトラウス『影のない女』

R.シュトラウスのオペラの例でもわかるように、時代精神と渾然一体となった芸術の
“女神”は次第に「デカダンス」の香りを漂わせ始め、さらには“赤い血の通った”
存在感すら無くし中性化してきている。

 

 概念上の中性化が一つの抽象化の道を開いた。その先駆けである
「芸術のための芸術」というロマン主義的な教義はフランスで生まれた。

 イギリスで「審美主義」の中に味方をみつけ、さらにアメリカの画家ホイッスラー、
イギリスの詩人スウィンバーン、美学者ウォルター・ペイターそしてラファエロ前派
によって擁護された。

特に、オスカー・ワイルドは公衆にとって審美主義の化身であった。



【音楽概要】

1 19世紀の末期に、フランスに象徴主義文学や、印象主義美術がさかんになり、
 このグループの影響を受けたドビュッシーは、音楽にこの意想を採り入れて、
 印象派音楽を樹立した。

2 印象派の技法は、従来の機能和声的構成によった長短音階の音組織を、徹
 底的に破壊して、音のあらゆる可能性を再検討し、新しい音梼成を試みた。
 このような音楽を近代音楽というのである。
 多調、無調、十二音音階、その他の新しい技法は、ここから発生して来た。

3 フランス近代音楽は、ドビュッシー、エリック・サティーによって形成され
 ラヴェル、六人組の若い作曲家を出した。中にもラヴエルは、古典派を追想
 しながら、フランス流の洗練された典雅な作風を残し、六人組はサティーを
 主軸とし、ドビュッシーの印象派を排して、現代音楽の分野で活動した。



 

ローマ街98番地の彼の元に席を連ねた人々は

文学畑
ヴェルレーヌカチュール・マンデスミルボォ
ジュール・ラフォルグモレアスユイスマン
ヴェラーレンピエール・キヤールデュジャルダン
テオドール・ド・ウィゼワフェネオンルネ・ギル
ヴィリエ・ド・リラダンシャルル・モリスエレディア
スチュアート・メリルギュスターヴ・カーンオスカー・ワイルド
ムウレイヴィエレ=グリファンエロルド
ステファン・ジョルジュシュウォプフォンテーナス
ピエール・ルイスロデンバックマーテルリンク
ジッドヴァレリィクロォデル
ナタンソン兄弟アンリ・ド・レニエシモンズ

画家
ベルトメモリゾルノアールモネ
ホイッスラーヴュィヤールドガ
ゴーギャン
ルドン