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23 田中好子さんの早すぎる死について
キャンディーズの田中好子さんが乳がんでなくなった。と報道があった。
早すぎる死について考えるテレビの報道を考えてみたい。
ホームページに【乳がん】について10年近く記事を載せ続けている。が
本当の気持ちは「此処に書かれている情報が古すぎる」という話が聞けることを願ってのことだ。
今回の田中好子さんの報道を見聞きして、『何故正しい知識が共有されないのか?』と不思議に思った。
【乳がん】と判断される時、人の手が加わった瞬間から『がん細胞』暴れ出すきっかけと成る。
『細胞診』の場合でも、除去手術でも同じ事が言える。のを忘れているのだろうか?
日本における知識の共有化が行われていないのには、日本人特有の何らかの『気質』が有るのだろうか?
医学界だけではなく、政界に於いても、財界に於いても「派閥」と称する(私にとって)
実態のあまり判らない連帯が存在する。というのは事実らしい。
その「派閥」以外の組織には情報を漏らさないのが礼儀らしい。
この壁を乗り越えて情報が巷にもたらせることはごく希なことなのだろう。
それとも外国のように違った意見を「議論を戦わせて」後、統一するという事を避けているのだろうか?
最近ワープロソフトについて色々調べている内に
TeXという「組版」ソフトを兼ね備えた世界に辿り着いた。
色々に事に興味を惹かれている。が日本語という文字の問題が有るせいか、西欧ほど
TeXエンジンの統一がなかなか進んでいない。
この環境では○○TeXは使えないとか、▲▲だと環境に□□を追加しないといけない、とか
傍目で見ていると、「優れもののTeXなのに、何故?」「統一されたソフトにして!」と
言いたくなります。
ここでも「派閥
? 」が環境の統一を妨げているのでは?
と疑問がわいてきます。
人それぞれ違う意見があることが前提です。
しかし、その中から正しく判断できるような材料を公平に分配は出来ないのでしょうか?
田中さんの状況について南雲氏がかなり的確に冷静な判断をしているように思いました。
やはり「乳腺外科」の専門医だからこの様な判断がなされるのだと思います。
乳がん検診の問題も、正しくマンモグラフィーを読み解ける人物が居る。この事が 大前提です。
そこから正しい判断がなされ、その後の指針と成るのです。
日本の実情は、この正しい判断を下せる検査技師が両手の数程度だというのです。
ここから類推すれば、
自ずから手術に際して極力慎重に事を運ばなければ
近い将来に、大問題が待ち構えている事になります。
どうぞこの文章を読んでおられる方は、実情をしっかり見据え、
信頼に足る医療チームが有る病院に通われることをお薦め致します。
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23 XeTeXについて
しばらく前からワープロソフトについて検討していたが、
色々ネット検索しても「個人の使い勝手」が最優先で、
ファイルの互換性について書かれたものは見つけられなかった。
今愛用しているUlysses2は、以前OS9で使っていたMORE
(アイディアプロセッサと言う位置づけ)のような位置づけには
成らないし、アウトラインに関してなら他のアプリ(Personal
Brain,
OmniOutliner etc)もMOREの様には使えないし、文章の中の単なる
アウトライン表示ならMellelやNisus
Writer Proでも問題は無い。
文章を何故書くのかという「一番大事な問題」は今回はさておいて、
サイトで検索していて気がついたことは、書き起こすに当たって多数の人々が
色々なアプリを駆使して自分の文章に纏めているという現実であった。
単一のアプリで多くの人が文章を興しているとばかり思っていた。
文章を打ち込むために「エディタ」を使う人もいれば「ワープロ」を駆使する人もいた。
その後自分の望みのレイアウトになるように、他のソフトに移管して体裁を整えているらしい。
そこから印刷所や出版元の求めに応じて出力のための指定アプリから最終稿へ進むらしい。
つまり、文章を書くに当たっての当面の課題は、「如何に文章を書き起こすか?」で有り
その後の体裁については、書く段階で既にイメージが固まっていると言うことらしい。
わかりやすい文章を書ける人の特徴として、何処に何の文章が入るのか把握している。
文章全体が頭の中に入っていて、そこから書き起こすことが出来る。
つまり、論理構成が出来ている。と言う事になる。
それならば、出力結果を予想しながらソースファイルを作るTeX系で十分その要求に応えられる。
此処まで辿ってきて、所詮堂々巡りなのに自分自身が気がつかないのが問題だったのだ。
Ulysses2は、もともとTeXの出力をサポートしているし、TeXを介さなくてもPDFファイルにしてくれるし
何ら問題は無かったのだ。
単に記述する際のテーブルがサポートされていないという問題さいなければ、
ひたすら書くことに専念させてくれる優れたアプリなのだ。
Ulysses2の以前のバージョンで日本語が上手く表しされないこともあったが、現在のバージョンでは
何の問題も無い。(但し脚注などの本文の数字設定がワープロのように好みのスタイルや文字種に出来ない)
TeXファイルの出力に関しては、未だ少し不安があるが。
(テンプレート内の設定が不備のせいか、日本語表記や画像が上手くコンパイルされない。TeXの日本語表記が正しくされるように桐木氏のサイトからコピーしたXeTeXのまじないを貼り付けている。が今現在グラフィックの出力は上手くいっていないので勉強中。ファイルのタイプを限定しないと出力してくれないらしい。)
しかしながら、今は論理立ての勉強を、XeTeXのマスターを通して体験させて貰っている。
TeXならば「表」を同時に表現できる。でも普通の文章に表が必要? という陰の声も私の中から聞こえてくる。
様々にに分岐しているTeXのアプリが統一されることを、待ち望む。
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17 ウグイスの声
地震も少し落ち着いた状態が続くと、自然の声が戻ってくる。
ウグイスの鳴き声が盛んになっている。
例年のように、玄関ドアを開けると「おはよう!」とでも言っているようにウグイスが啼く。
散歩すると、歩く方向に沿ってウグイスが啼きながら付いてくる。
この声は去年も一緒に付いてきたウグイスだ。
昨日の気温の上昇で、あっという間に桜が満開になった。
その前日實相寺の神代桜を観に行ったが、昨年と違い今年は見事な花を咲かせていた。
昨年は枝が傷んだため根元を含め養生していたので例年とは異なり花の数が少なく思えた。
この様な自然の姿を目の当たりにするにつけ、
「普段と同じ」「普段と変わらず」生活できる喜びをかみしめている。
鳥や木々の様子が変われば、それだけ私たちの生活の中に問題が発生していると言うことだ。
自然という鏡に照らし出された私たち「人間」の姿は、はたして美しいのだろうか?
日本の文化にはぐくまれた「知恵の樹」は未だ大丈夫? 育っている??
昔のメモを見ていて気になった言葉を此処に書いておこう。
「植物を生長させるには、密集して植えるのが良い。」
「しかも多種の方がさらに成長する」
未来の子供達の成長を考える一つの指針に成るのではないだろうか?
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13 心機一転
東日本大震災から早一ヶ月。
幸い知り合いや身内に不幸がなかったものの報道を見ていると人ごととは思えない。
今回思ったことは身辺の整理である。
今までBlogで書き連ねたことをもう一度白紙に戻し、何を皆さんに向けて発信したらよいのか
もう少し考えながら、心機一転で文章を書くこととしよう。
従って、先月まで読むことが出来た記事も
今回のアップロードで消去されていることをお許し戴きたい。
今まで書きためたメモノートもA6版 B6版双方を重ねると25センチを越した。
音楽に関することが主だが、日々感じることを音楽と照らし合わせて書き綴ってきた。
2009年に書いた物が再び2010年に同じような内容で書き留められていたりと、
どうも堂々巡りばかり繰り返しているようでも有る。
一つのメロディーを表現するのに、ありとあらゆる方法を模索する癖が、
思考に於いても現れているようである。
何度も何度も繰り返し考えていることこそ、「大事なメッセージ」と思う。
心機一転古くて新しい「日本の心」を何とか書き残したいと思っている。
震災後、復興に向けて立ち上がっている人々の中に「日本人の心意気」を見いだす。
日常の中に輝く「知恵」を少しでも表現できればと思っている。
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