8
17
古事記伝『をこなり』について

 古事記伝の一之巻を読み返している。

 是で三度目なのだが、色々な疑問が湧き出てくる。

 一之巻八十四葉の『をこなれ』に関する事である。

 烏滸と書く事は以前書いたが、この『をこ』を

 調べていたら[江戸時代には使われなくなった]と

 ウィクペディアに書かれていた。

 最も『烏滸』を

 これに対して単なる愚鈍な者を「バカ(馬鹿)」と
  称するようになった。

 つまり[江戸時代になると、烏滸という言葉は用いられなくなり、
      馬鹿という言葉が広く用いられるようになった。]

 此処に書かれている『江戸時代になると』という記事がどれほど
  信憑性が高いのか判らぬが、是が事実とすると宣長の作品の中に

 『いとをこなれ』と書いた真意は?

 当然『漢意』を持った人々へ向けられていると考えられる。

 『問われて名のるもおこがましいが』という台詞が有る
  通称白波五人男と呼ばれている演目の
  『青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなのにしきえ)』

 是が初演されたのは1862年3月なので

 1798年に『古事記傳』が完成していても、一般庶民が
  『をこ』という言葉を使う根拠にはならないと思える。

 2013年7月24日に仮説として『をこ』は一般庶民もこの言葉を
  理解していたのではないか?という事は却下と言うことになり

 やはり、当時の儒者やその周辺の儒学を学ぶ人達へ向けての
  メッセージという夢合いが強いように感じている。

 『をこ』という言葉を使用した例は

 源氏物語の夕顔の巻、乙女の巻などにも見られ

 特に『乙女の巻』での式部による論いは、博士と
  呼ばれた人達への批判でもある。

 夕顔の巻の『ありありて、をこがましき名をとろべきかな』と
  書かれている所とは少し言葉の調子が異なる。

 『解釈者としての本居宣長』と云ったようなタイトルで
  クヴァンツと本居宣長を取り上げたいと思っている。

 かたやフリードリッヒ大王(啓蒙専制君主)と呼ばれた
  国王に、もの申せる唯一の人であった音楽家。

 彼が書いた『フルート試論』の方法と、
  宣長の『古事記傳』の方法論を並べてみたいと
  考えている。

Categories: 古事記伝 , 日々の事 , 本居宣長

8
01
古事記伝全巻44册を読破後のこと

 『古事記伝』の和綴じ本四十四巻を読破し
  目下各巻の[本文]の書き込みを実施している。

 44巻を読んで、二度目の熟読に入った訳であるが
  一つ一つの意味を再考するに当たって、文字起しも
  悪くないのかな?と思いながら、本文を手入力している。

 和綴じ本の『体裁』を余り壊すことなくレイアウトを
  保つ事はなかなか骨の居る作業となっている。

 LaTeXで今まで書いていたが、文字が正しく表示されない
  [当然の事で、旧字体が多い為]と言う事もあり、HTMLで
  直接出力を考え始めた。

 幸いNoteTakerという愛用のアプリが、自分自身上手く
  ページを割り振っていればWebNoteに仕上げてくれる。

 WebNoteへのアクセスは此処をクリック下さい。

 NoteTakerの問題の一つは、アップロードする際の
  頁数が膨大になる為Dreamweaverから送信しても。
  File Zilla からftp送信しても、何処かのファイルの
  送信エラーが生じてしまう。

 単純な複数ページ用のXHTML形式にすると
  今使用しているサイトのジオシティーの
  広告の画面とぶつかってしまって、肝心の
  本文が見えなくなってしまう。

 さて、どの様にこれらの問題をクリアーできるのか?

 今後の大きな課題になりそうです。

Categories: コンピュータ , 音楽 , 古事記伝 , 日々の事 , 本居宣長

7
29
plastexを使ってみた

 『古事記傳』のTeXファイルをHTMLにすると
  旧字体が多いので[文字を正しく表示しない]
  という問題が散逸している。

 LATEX2HTMLもeLyxerも同じ様になってしまう。

 LaTeX文書を「plasTeX」でHTMLを作成してみた

 LATEX2HTMLからの変換が余り芳しくないので

 TeXWiKiで『変換ツール』別のツールを探してみた。

 下記のサイトを参照し無事インストール成功

 http://builder.japan.zdnet.com/blog/10048681/2011/03/01/entry_27045111/

 又はhttp://www.monochrome-photo.info/?p=3268

 ダウンロード

 http://sourceforge.net/projects/plastex/files/ からダウンロード

 plastex-0.9.2.tgzを私の環境OSX10.6.8で使えるようになった。

 上記サイトのインストールからコンパイルまでの手順を踏めばHTML化出来ます。

 -------引用を簡略化して書きます-------

 インストールコマンドを実行する。

 sudo python setup.py install

 --------------此処から私自身のファイル・コンパイルのメモ------

 texファイルのディレクトリへ移動

 「plastex motoori_kojikiden.tex」とタイプセットしエンターキーを叩く

 「open motoori_kojikiden/index.html」として生成されたHTMLを開く

 -------------------------------

  見栄えは[http://builder.japan.zdnet.com/blog/10048681/2011/03/01/entry_27045111/]

 に載っているような画像の雰囲気で、悪くない。

 但し、CIDやUTF8の元の文字が配置されない処は、LATEX2HTMLと余り替わりはなかった。

Categories: LaTeX2HTML, eLyXer, plasTeX , コンピュータ , 古事記伝 , 日々の事

7
27
古事記傳全巻読破 その後

 古事記傳の和綴じ本四十四巻を読み終え

 次なる作業のTeXを使ってHTMLとXHTMLでの
  『本居宣長』に関するホームページの更新を
  進める事だったのだが、原文を古事記傳の
  引用箇所のページに表記させようとしたら
  漢字が上手くコンパイルしない。

 旧漢字表記の対処法の結論は

 usepackage{otf} を書き加えた。 

 -------------------------------------------------

 時々CID=XXXのような表示がTeXファイルの中に
  出てくるようになり、対処法が判らなかった。

 困った時の『美文書作成入門』を開いてみても
  文字の特定方法が判らずじまい。

 多国籍文の対処法としてCJKの遣り方を試してみる。

 今まで使い慣れているEMACS24.3を横に置き、
  Mac環境に特化しているTeXShopを使って
  コンパイルしてみる。

 問題の文字が『出てくる出てくる』

 utf-8で書いている『問題の文字』が
  大体の傾向が把握出来た。

 もう一つの困った時のTeX WiKi のサイトで
  関連する事項を調べていたら、初歩的な設定
  ミス? をしている事が判り急遽

 usepackage{otf} を書き加えた。

 今までの書体と少し異なって『ゴシック体』が
  少し細く表示されたが、漢字の文字化けも無く、
  表示されなかった文字のみマックから文字入力を
  『改めて行い』ほぼ全文の旧漢字の表示がPDFから
  表示された。

 此の結果がでではいるものの、LATEX2HTMLから
  HTMLをコンパイルさせた時に同様の結果を得られる?
  LyX2.0.6を使ってのXHTMLが正しく表示される?

 今日これからの仕事となりそうです。

 もしホームページのメニューの『本居宣長』を
  クリックして正しく総てが表記されていたら、
  今回の記事の反映と云う事です。

 二十一之巻まで古事記の原文が入っています。

 旧版なら八之巻までしか原文が掲載されていません。
 
 

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7
19
古事記傳 和綴じ本 全四十四巻読破。

 本居宣長著『古事記傳』の和綴じ本

 全四十四巻、本日、読破しました。

 所要日数は146日でした。

 目標を約1ヶ月も短縮しました。

 当初の計算では8月の中旬を予定していました。

 総数約2500ページであすが、一般の印刷した本とは異なり、
  本文の中に書かれる『細注』の文字は、縦の字数にすると
  1.2倍程度になる。が、横幅で比較すると1.5倍と云った
  字数に膨れあがる。

 本居宣長の説明がその辺で、増減するので活字本とは単純に比較が出来ない。

 単純計算すると、各巻60ページ平均程度ではあるが、
[細書]が少なければかなりのスピードで読み進む事は出来る。

 大体20ページを一日のノルマに設定していたのだが、
  最後の4巻辺りから、ゴール近くなると急ぎたくなる、
  人間の性質のままにペースが上げられたので100ページ
  以上読む日もあった。

 流石にその日は頭と目が疲れた。

 一日80ページ程度が妥当な読書頁数と感じました。

 これで漸く、念願の本居宣長の研究のスタートです。

 音楽家が『本居宣長の研究』をする。

 自分自身でも、不思議な感じです。

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16
古事記傳三十九之巻読破

 『古事記傳』三十九之巻を読み終えた。

 残るは、和綴じ本五冊のみ。

 この辺になると本居宣長もいい加減、
  注釈する事も無くなってきて、参照
  すべき『古事記傳』の巻名と葉数を
  指定してお終い。という記述が目立つ。

 古事記も下巻になってくると、天皇の
  名前と、その時の事件などが、本の中
  への記述がめっぽう少なくなる。

 宣長の解説が少なくなる分、細記
  (こがき)が出てこなくなるので、
  一ページ当たりの字数が相当数目減り
  してくる。その関係で、読み進む葉数
  ページもどんどん進み、昨日は二巻も
  読破した。(三十七〜三十八之巻まで)

 一日で100ページ余りも詠むと、さすがに
  目が疲れてくる。頭の方も『古事記傳』
  そのものの世界に浸っている。と言った
  塩梅である。

 三十九之巻は軽皇子の話が出てくる。

 時々、古事記の中に出てくる人物の
  名前は[その人自身の性格]を替わりに
  漢字にしたのか?と疑いたくもなる。

 梅原 猛氏に云わせると、

 四幕の詩劇ーー軽王(かるのみこ)

 と云う事らしい。

 内容が余りにも[ばかばかしくて](失礼!)
  梅原氏のようには受け止められない。

 生身の人間の有様が、[描かれている]と
  いうにしては、古事記として何の為に?
  此の逸話を載せているのか?

 宣長が、少しいらついている様子が
  垣間見れて、それらの事を含めて、
  面白く読まさせて貰ってはいる。

Categories: 古事記伝 , 日々の事 , 本居宣長

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08
古事記傳 三十二之巻読み終えた

 『古事記傳』三十二之巻を読破。

 いよいよ三分の二達成の三十三之巻を
  読書開始。

 本居宣長の『こだわり』が又面白い。

 この巻を読み終えれば三分の二という
  意識が強い(?)のか一ページ当たりの
  所要時間が[2分]とかなりのハイペース。

 いにしえの日本語が色々学べて楽しい。

 さて、ブログを書く時間があったら
  古事記傳でも読み進みましょうか?

Categories: 古事記伝 , 日々の事 , 本居宣長

7
06
古事記傳三十一之巻読み終える

 古事記傳三十一之巻を読み終えた。

 此の後に色々書き込んだのだが
  Thingamablogで保存して、確認してある
  ドラフトファイルが消えてしまった。

 何れ読後の感想を書き記したい。

 三分の二読破まで150ページ余り。

 四十四巻全巻読破まで41日。

 8月中旬には読了予定。

 総数2500ページも有る
  古事記傳も、残す所
  818ページ余。

 大体の一日の目標通り
  実行出来ている。

 今後此のペース
  1日20ページを
 守れば良い。

 体力を維持する為に
  散歩を増やしている。

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7
04
古事記伝 三十一之巻

 『古事記傳』三十一之巻を読み始めた。

 神功皇后が新羅へ遠征し

 新羅国を馬飼と定め、百済國を
  海向こうの天皇の領地と定めた。

 その後、大和に帰り上る際に、
  香坂王(かごさかのみこ)と
  忍熊王(おしくまのみこ)が
  神功皇后を亡き者にして、
  自分達が支配しようと企てた。

 企てが失敗し、琵琶湖に身を投じて
  死んでしまった。

 と言った事が、書き始められている。

 新羅を馬飼として定めたと書かれていたので
  馬韓という名称を以前習った事があった。と
  気がつき、そのまま古事記傳を読み進む内に
  宣長の説明に馬韓やらその他の韓国の昔の
  呼称が多く出てくる。

 今はもう任那(みまな)と云う名称を教科書で
  居るのかどうか取らないが、
  白村江(はくすきのえ)すら、日本の歴史書に
  載せては居ないようなので、古事記傳を読んでも
  又、原本の『古事記』を読んでも、(現代語訳で
  あったとしても)言葉の意味やその固有名詞の
  歴史的な意義は、想像も付かない状態になって
  いるのでは無いのか? と少し不安を感じる。

 三韓の征服は、落語の中でも[まくら]で語られ
  おおよその流れは聞きかじる事が出来る。

 志ん生や金馬の語り口には、感心させられる。 

 皆さん!

 落語を聞いて日本文化の再発見をしませんか?

 おっちょこちょいの[熊さん][ハッつぁん]
  達だけが、落語に出で来る訳ではないのです。

 講釈師のような語り口も上手い御両人の
  落語を聞いてみる事をお薦めします。

 それから『古事記傳』を読むと、又面白い
  本居宣長の茶目っ気振りも、垣間見えてくる。

 古代『小さい石』だったものも時代が進むに付け
  『大きな石になる』事だって有るでしょう?
  と言った風のいたずら心も少し持った宣長です。

Categories: 古事記伝 , 日々の事 , 本居宣長

7
03
古事記伝三十之巻残り三葉

 『古事記傳』三十之巻はあと三葉を
  残すのみと成った。

 丁度Thingamablogのファイルを更新しながら
  アップしている時間を利用して読み進んでいる。

 約3.3分で1ページを読んだ勘定と成る。

 今日中に読み終える事としよう。

 明日から『古事記傳』三十一之巻。

Categories: 古事記伝 , 日々の事 , 本居宣長

7
03
古事記傳 二十九之巻

 『古事記傳』も二十九之巻の55/67迄読み進んでいる。

 前巻では日本武尊が、病を得て足が[三重]に成るような

  様が描かれて、遂に亡くなってしまった。

 三重という名の『由来』とも書かれている。

 さて二十九之巻の和綴じ本九葉には、亡くなって

  白鳥になって大空をさまよう様が描かれていた。

 この辺までは、日本人なら大体知っている内容である。

 白鳥と言われていたので、此の鳥の事と信用していたが

  原本には『白智鳥』[シロチドリ]とのみ書いて在り、

  此の鳥を特定する為、本居宣長の解説が9〜10ページに

  亘って述べられている。

 書記仲哀の巻にも白鳥[シロトリ]と書かれているが

 『どのような白い鳥か?』『白サギ?』

  『千鳥ではシロという名称はつけないし?』

  etc.等、いろいろ丁寧に検証していく。

 白昼の後を后方や王子達が追っていく姿は

  胸に迫るものがある。

 差のような部分を読みながらフッと思った。

 日本の教科書では『誰々天皇の時』は、こんな事が有った。

 この様な天皇であった。世の中はこうだった。etc.の

  情報を教えて貰っていない事である。

 音楽家として、とくにフルーティストなら知っている

  プロシャのフリードリッヒ大王の事柄は、世界史でも

  習うし、自分自身でもバッハ周辺を調べていけ、当然

  大王の事も詳細に把握出来る。

 是に較べ四十七葉の志賀宮巻[シガノミヤノマキ]に

  登場する『若帯日子天皇』[ワカタラシヒコノスメラミコト]

  漢様[カラザマ]の諡は『成務天皇』と注がされている。

 仲哀天皇や成務天皇達の名前は何処かで聞いた事があっても

  どの様な『成務』をなさった方なのか?とんと判らない。

 事実(もし『事実』としたくないのなら『史実』でも良いが)

  天皇のお名前のみ成らず、どのような事を司った可くらいは、

  教科書にでも、載せておくべきだし、日本人としての常識の

  範囲に入るくらいの『情報』をたたき込んでいて欲しい。

 外国の王様や貴族の名前、最近では韓国の(伝説上の)

  歴代の王の事は(おそらく正しいとして)知識として

  TV e tc.から、吹き込まれている。

 その昔、父親が歴代の天皇の名前を諳んじていて、

  聞かせてくれた物だが、そのころは屯とその重要さ

  に気づいていなかった。

 最近では『落語』から時々天皇や歴史上の人物名を

  耳にする事がある。落語は本当に為になっています。

 本居宣長の古事記傳でのいろいろな書き様を理解する

  につれ、落語の中に江戸から引き継がれている語り口

  の似通った様に、つくづく感心している今日この頃。

 官職についての記述が二十九之巻で未だ続いています。

 武内宿禰が再び登場しています。

  志ん生が『目黒のサンマ』という落語のマクラに使って

  男装の天皇を迎える人物として武内宿禰がでてきます。

Categories: 古事記伝 , 日々の事 , 本居宣長

7
03
古事記傳 二十七之巻読み終える

 古事記傳の二十七之巻を読み終えた。

 途中Parallels6へLinux Fedora17を

  インストールしようとしたが、総て

  失敗。

 仕方なく外付けHDDへインストール

  してFedoraを立ち上げようとしたが

  知識不足で失敗。

 Fedoraをインストールしたり、HDDを

  メンテナンスしている間の時間に、

  古事記傳二十六之巻と二十七之巻を

  読み終えてしまった。

 倭武命の事がいろいろ記されている

  二つの巻であるが、此処での宣長の

  解説が為されていなかったら、

  梅原猛の書き下ろしたスーパー歌舞伎

  『ヤマトタケル』も出来なかった事で

  あろう。

 梅原猛版『古事記』には、本居宣長の

  影響など折に触れて書かれているので

  未だ良いが、角川版『古事記』には、

  その殆どの記述を本居宣長に負うところ

  少なくないはずなのに、本居の事は

  『ふることぶみ』と『古事記』を読んだ人。

  ぐらいにしか注釈されて居らず、添付の

  東征の図解での地名の特定など宣長の説を

  覆すでもなく、何の断りもなくその説を

  引用しているのは、 戴けない。宣長なら

  『わろし』とでも言ったのだろうか?

 本居宣長については、

  よくぞ『古き日本語』を、

  一つ一つ丁寧に読み解いていった事よ。

  と感心するばかりである。

 もうすぐ全巻の三分の二になろうとしているが

  最近気になっているのは『古事記傳を読む』と

  言う名が付いている本の事である。

 此の『古事記傳』から何を読み取ろうとしているのか?

 当初の方針の通り『和綴じ本 古事記傳 全四十四巻』を

  読み終えない内に、その本を読み積もりは毛頭無いのだが

  『古事記傳』の中身をどの様に解釈するか?

  自分自身の[応え][解答]が見えてきたら、他の人が

  書いた解説書にも目を通したいと思っている。

 本居宣長とシュリーマンが今のところ重なっている。

 又[解釈者]としての本居宣長の姿を

  どの様に捉えたらよいのか?

 その事が自分自身に対峙する瞬間が訪れる刻を

  今から楽しみにしている。

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7
03
古事記傳 弐十五之巻読み終える

 古事記傳 二十五之巻を読み終えた。

 十四日から読み始め今日七十二ページを

  読破。

 途中此の中に書かれている天皇も含め

  お后を次々に召しては子孫を増やして行く

  図式は、どんな事を云いたいのか?

 色々な事を考えさせられながら

  読んでいた。

 最後の方に、天皇が亡くなった時に

  お供をさせる事が無くなった。

 替わりに埴輪を作ってその墓を

  守るようになった経緯などが記されていた。

 菅原という姓の人の祖先は[土師]部の人で

  人が厭がる[忌み]の事を司る事になったので

  名前を変えて貰ったらしい。と言うような事も

  書かれている。

 とにかく、人の名前だけでなく、地名や植物の名前

  此の巻には[たちばな]に関する事も書かれている。

 橘とは[蜜柑]etc.の事だったのかも知れない。

  との見解も述べられている。

 少しずつ、本居宣長の書き様に慣れてきているので

  余り面食らう事が無くなりつつあるが、着眼点など

  色々学ぶところが多い。

 今日は少し天気が芳しくなかったので、

  古事記傳の読書の方もはかが行った。

 次の巻から[倭建命]についての記述が始まる。

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7
03
古事記傳 二十四之巻読了

 『古事記傳』二十四之巻読了

 今のペースで読み進めると

  大体八月の中旬〜下旬には

  四十四巻総て読み終えられ

  そうである。

 二十五之巻に入る前に、

  二之巻を再読し始めた。

 古事記の序についての

  説明が有り、書かれた

  内容の漢文の意味を解説

  してくれている。

 曽遺書読んだ時とは異なり

  『この事は重要で、他は

   余り気にしないように』と

  書かれている宣長の文章に

  納得させられる場面が増えた。

 それにしても、懐かしい

  『美しい?日本語』が

  この『古事記傳』を通して

  読める事が嬉しい。

 しばしば、この様な日本語の

  使い方をしていたな。と

  忘れていた日本語の使いざまを

  改めて学ばせて貰っている。

 美しい日本語を心がけようとすると

  少しく文章が長くなってしまう。

 仕方ない事なのだが、世の中の

  流れとは逆行しているのは古今

  変わらぬようだ。

 外国語にしても、美しい国語を

  扱おうとすると長くなる。

 こう書いて、フッと思ったのは

  先日来日したフランス大統領の

  『美しくないフランス語』で有る。

 シラク大統領までは伝統的な

  『美しいフランス語』の言い回しを

  耳にする事が出来たのに。

 今回のスピーチにはガッカリさせられた。

 それとも、日本の國をバカにしている??

  フランスの政治家が使用するべきではない

  フランス語を耳にし、これらの様々な事を

  妄想してしまった。

 それとも今度の大統領は伝統的な

  エリートの階層の人ではない??

 江戸時代の宣長の『正しい日本語』への

  格闘も相当だったようにも読み取れる

  『古事記傳』の書きざまではある。

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7
03
『古事記傳』二十三之巻読了

 『古事記傳』二十三之巻を読み終えた。

 崇神天皇の御代に疫病が流行して

  大物主大神の祟りとの夢のお告げで

  意富多多泥古(おおたたねこ)という者を

  探して大物主大神の霊を祭らせたら、祟りは

  止んで、國が安らかになった。

 この様な記述があるところです。

 最後の方に『会津』という名前の由来が

 大毘古命とその息子の武沼河別(たけぬなかわわけ)が

  天皇に刃向かう人々を平定するため、北陸へ向かった父と

  東海道方面から平定に向かった息子が、その地で出会った

  ので『会津』という名前が付いたと書かれています。

 大河ドラマで放映されていた『会津』にまつわる話の

  別な歴史を『古事記』から学んでいます。

 次の二十四之巻からそろそろ倭建命に関係する記述が

  現れてきます。

 漸く『古事記傳』の実質的な折り返し点、

  道の半ばと成ります。

Categories: 古事記伝 , 日々の事 , 本居宣長

6
02
『古事記傳』一之巻、文字に疑問あり!続き

 『古事記傳』一之巻、文字について異議あり!続き

 『いとをこなれ』の箇所について、

 『こ』は、[いとを『ろか』なれ]では無いのか?

  と、考えているのだが? はた、間違いか?如何?

 本居宣長『古事記傳』一之巻の
  和綴じ本では、
  八十四葉前半の
  二行手前の『いとを?なれ』で有る。

 先に書いたが、文の続き具合が不明確のままアップしたので、

 全体が見えるように一続きの文を『』付きの改行の形で、書き改めた。

 『シカルベキコトワリ(当然理)を以て定めむとするこそ、』

 『いとを?なれ』

 『しかれども(然れども)』

 『天照大神高天原に大坐坐て、大御光はいささかも曇りまさず、

 この世を御照らし坐し、』云々

 『をこなれ』とは何か?

 『行』は、[おこなふ]と書き
  [を]を始めには使わない。
  それでも『をこなれ』を[行れ]という風に
  解釈出来るのか?

Categories: 古事記伝 , 本居宣長

6
02
『直毘霊』又は『古事記傳』一之巻、文字に疑問あり!

 和綴じ本『古事記傳』一之巻を読んでいて
  意味の判らぬ箇所が出てきた。

 文章が

 『〜である。しかし〜』と続くべき?
  筈が、そうは読めない。

 別あつらえで『直毘霊』という版が
  出たのは、文政八年二月十七日本居
  太平による物である。

 此の本を翻刻した穂向屋蔵の八葉の
  後半に、当該部分の箇所がある。

 本居宣長『古事記傳』一之巻の
  和綴じ本では、八十四葉前半の
  二行手前の『いとを?なれ』で有る。

 『?』と書いたところの『仮名文字』が
  良く判らない。

 此の二册を比較しても納得がいかなかったので
  現代の活字に直してある本とも較べてみた。

 国会図書館蔵の古事記傳(吉川弘文館)の
  活字本を見てみると『いとをこなれ』

 『いとをこなれ』

  この読み方では『意味』が通らない。
 自分自身の語彙不足のせいで、理解
  出来ないのかも知れないが、前後の
  文章の続き具合を考えると、どうも
  つじつまが合わない。
 
 次に出てくる文句は
  『しかれども(然れども)』
 文の冒頭
 『シカルベキコトワリ(当然理)を以て
   定めむとするこそ、〜』で
 『〜』へ入る文が最初に挙げた
  『いとを?なれ』で有る。
 
 『?』に入る可能性のある文字は?
 文字の続きざまから、推察すると
  1. 一文字
 2. 二文字
 『を』からの続き具合では
  二つの可能性が存在しても
 おかしくない。
 一文字での可能性は
  『し』
 『ち』
 『て』
 『み』
 『ら』
 『る』
 以上6文字。
 二文字とした場合の可能性は
 『か』と云う文字との結合。
 宣長流の『勢い』で言うなれば
  『ろか』と書かれていても?
  不都合はないか?
 韓意(からごころ)の説明に当たる
  文章なので、余り気に止め無い所、
  なのかも知れぬが、宣長の一文字
  一文字を大切に扱った態度と照らし
  合わせても、『?』の箇所の文字を
  粗末に扱う訳にも行くまい。
 それにしても、今まで此の箇所を
  読まれた方達は、疑問も出る事無く
  『問題なく読み進む』事が出来たの
  だろうか?
 この辺を教えて戴きたいと思っている。
 
 
  

Categories: 古事記伝 , 日々の事 , 本居宣長

6
01
『古事記傳』二十三之巻読み始める

 マックの環境整備に時間を取られ
  『古事記傳』の和綴じ本も半ば迄
  読破してきたが、少し中断。

 結局5月18日に読み始めた二十二之巻は
  5月29日に漸く読了。

 途中当初の方針を変更して
  一之巻を並行して再読し始める。

 『直毘霊』の前まで再読した。

 一之巻には『漢文の訓読』の方法も
  丁寧に解説が補何処散れているので
  改めてゆっくり読んでみている。

 高校生に『古事記傳』一之巻を
  漢文の時間に、学習させた方が
  ずっと訓読の実力が養われる(?)
  のではないか?と思うほど丁寧に
  色々書かれている。

 その後に、漸く二十三之巻を読み
  始める事と成った。

 二十二葉からは、崇神天皇の時流行病が
  問題になり、大物主大神が夢枕に立ち
  自分のたたりによる物である。と告げる。

 本日は、この前の二十葉迄しか読んで
  いないのだが、先の事が気になり原本の
  『古事記』の文章を拾い読みした。

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5
25
『古事記傳』弐十二之巻 読破進行中

 『古事記傳』弐十二之巻を読書中。

 Thingamablogのトラブルと
  ddskkをEmacs24.2に導入すへく
  格闘していたので、52/83という
  ペースです。

 官職の説明が事細かく為されているので
  文字が小さい分、読書スピードが落ちて
  いるか心配になって、計測した。

 一ページ当たり5分とスピードは上がっていた。

 時々わき上がる疑問
  『宣長は何の為に此処の説明を丁寧にするのか?』
  と言ったことは、一之巻と二之巻を良く理解していない
  事が原因と想われるので、昨日から此の二つの巻を
  並行して読む事とした。

 いつも思う事ですが
  『和綴じ本の文字は読みやすい!』

 

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5
18
『古事記傳』二十一之巻読了

SKKをIMEとして使い始めている。

唯一の問題は、全角qスペースの入力。

『古事記傳』二十一之巻を読み終え
廿二之巻を読み始めた。

SKKに未だ慣れていないので、句点や
読点の時に『てん』や『きごう」等の
変換を指定してしまう。

何の事は無い。
句点にはキイボード上の
『ね』読点には『る』を
打ち込めば良い事が、漸く
分ってきた。ので引き続き
今迄通りに入力が出来そう
である。

古事記伝は歴代の天皇の名前が
頻繁に出るので、宣長に依る
説明が長くなり、文字も細かく
一ページ当りの所要時間も当然
多くなる。

ペースとすれば5 〜6分の儘なので
一安心と言う所です。

漸く道の半へさしかかる処です。

今迄の反省で一之巻と二之巻を
読み返す事にしています。

SKKに未だ慣れません。
なかなか思ったように
変換が進みません。

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